2026年5月21日 00:58
「どうして絵に水晶を貼ろうと思ったのですか?」
「水晶を絵に貼るきっかけは何だったのですか?」
個展などで、よく聞かれる質問です。

Hope light(2025)ChihiroSATO
僕自身にとっては、「なぜ絵の具を使うのですか?」と聞かれているのと、それほど大きな違いはありません。制作を続けているうちに辿り着いた表現なので、自分ではあまり特別なことだと思っていないのです。
そもそも水晶を貼ってない作品も山ほど描いてますし……。
とはいえ、絵の具を使う画家はたくさんいても、水晶の細石を画面に貼る画家は殆どいません。まして15年前には皆無でした。
そう考えると、確かに不思議に見えるのも無理はないのかもしれません。
言われてみれば、普段あまり人に話さない、不思議な縁もいくつかありますし、この際、僕が水晶を使うようになった経緯について書いておこうと思います。
風景を「描かない」と決めた頃
僕は最初についた師匠の影響もあって、静物画から絵を始めました。
屋外で絵を描くことも好きで、小学生の頃は休みの日になると近くの丘へ行き、一人で写生をしたりもしていました。
ところが中学生になる頃には、静物画も風景画もほとんど描かなくなってしまいました。
部活や勉強で忙しくなったこともありますが、それ以上に「見たままを描く」という行為そのものに飽きてしまったのです。
ですが、目の前にあるものを描く代わりに描きたいと思うものは、それから大学生になっても社会に出てからもしばらく見つかりませんでした。抽象表現にもチャレンジしますが、これもまた思うようなものは描けません。
長いこと表現に悩む中で、また忙しさで取材やスケッチの時間も取れない中、やがてそれまで当然のように描けていた静物や風景についての技術を使う方法はないものか再び原点から試行錯誤し始めました。
やっぱり僕は自然が好きだし、目に見えるもの、五感からもらうインスピレーションが好きです。
末に編み出したのは「記憶だけで描く」という手法です。
「特定の風景」「モノの正確な形」「形状や構成」に囚われず、ただ記憶の印象だけで描く。
やってみると、このやり方はとても自分に合っていました。
勢いがあって、新鮮でした。
ただ、この手法にも欠点があります。
それは「手癖や先入観による、表現のマンネリ化」です。
一枚二枚はいいのですが、作品を重ねる度に、また形を追えば追うほど、記憶を取り出そうとすればするほど、色や光も頭の中にある「常識」に囚われて、絵がつまらなくなるのです。
森は緑色、空は青色。この手の固定観念から自由になるというのが現代のアートの基本ですが、さりとて十分な取材や写生なしには、そこに真実は見つかりません。
仮にマンネリから脱するために突飛な色を使うというだけでは、十分な色彩研究がなければ、フォビズムの表面的な真似事になってしまいます。
この引き出しの当たり前さにも忸怩たるものがありました。この間の作品はほとんどロクなものは残っていません。
形を忘れる
「これは表現や技術云々じゃないな、制作のプロセス自体を変えなくては……。」
空を描きたいなら、まずはたっぷりといろんな空を見ておく必要がある。また旅先で見た海や空や街並みを、見たそのまま定着させたり、頭の中で思い出そうとするのではなく、一旦記憶の奥底に沈み込ませる必要もある。
自分の中で時間をかけて熟成され、輪郭を失い、感情や空気と混ざり合った「色の記憶」だけになるのを待つ。時には忘れる。
形を取ることもやめてみました。
ここでやっと、僕の今に至る表現の基本が出来上がります。
そのため今でも、取材旅行に出ても絵のための写真は撮りません。
スケッチもしません。
これは長年、自分に課している二つのルールです。
写真にもスケッチにも残せないもの
僕は写真も好きで、その中でもフィルム写真は随分と耽溺しました。
写真はとても正確です。形も状況も細部まで記録できます。でも、そこには匂いがありません。湿度も、肌に触れた風の感触も、見えていない場所の気配もありません。もちろん、それらまで表現してやろうというのが、写真の腕でもあり、醍醐味でもあります。
しかし写真はそれで完結します。
正確な「瞬間の切り取り」によってのみ、写真は成立するのです。
それが絵に転化されてより膨らむことはありません。
取材写真としての形状ヒントとして写真を利用することはもちろんあります。しかしながら、そういう扱い方であっても、いや、そういう扱いだからこそ、その「カタチの表面的な正確さ」に自分の感覚が引っ張られてしまうのです。
写真を見て描いた絵は写真を超えることは決してありません。
写真で完結できる世界と、絵で完結できる世界はそもそも違うものなのです。
スケッチも同じです。
僕はスケッチが好きで、よく描きます。で、たまに驚くほど上手く描けてしまうことがあります。
ところが、そういう時ほど困りもので、上手く描けた瞬間に満足してしまい、それ以上その風景を掘り下げる気持ちが薄れてしまうのです。
それはそれでスケッチする意味はあるのですが、それをそのまま作品の部品として使うということにはなりません。
スケッチとはスケッチで完結してしまう作品性があるのです。
スケッチには答えがあります。
でも、僕が求めているのは答えではありません。
だから作品のための取材の時は写真も撮らないし、スケッチもしません。
忘れてしまったなら、それはそれでいいと思っています。
僕が残しておきたいのは形や細部ではなく、その場に流れていた空気だからです。
光の移ろいを切り取るのではなく、その時間全体を身体の中に残しておきたい。
そしてそれがやがて形を失い、「空気の記憶」になるのを待つのです。
形を手放した時に見えてきたもの
形を描かないというのは簡単なことではありません。形を手放すということは、絵画の大きな支えを一つ失うことでもあるからです。
印象派以降、多くの画家たちは「見たままの形」から自由になろうとしてきました。
キュビズムも抽象画も、その流れの中にあります。
けれど、どれだけ形を崩しても、むしろ崩せば崩すほど、形而下(形で説明できるもの)の呪縛を解くために、最終的にはその形そのものが持っている形而上的な意味や概念によって作品を支えなければならなくなります。
それが長いこと絵画の宿命であり続けました。
僕は長い間、そのことに引っかかっていました。
形の意味や概念を言語化しなければ伝わらないというのは、形からは解放されても、代わりに窮屈な理屈の呪縛に取り憑かれるだけです。
マーラー(20世紀前半に活躍した指揮者作曲家)は自作のコンセプトの説明について記者に質問された時「自分の音楽は音楽でしか語れないものがあり、そこに論理的説明は邪魔になることがある」と語ったことがあります。
アートの場合、少しその視点とは変わりますが、それでもマーラーの言いたかったことは僕もよく分かります。最低限のコンテクストに則っている限り、解釈を作品そのものと鑑賞者の体験や人生に委ねる姿勢はとても重要だと思っています。
アーティストの「我」や「こう見ろ」が出る作品などいくらでも描ける。けれどもっと、理屈ではないもので、鑑賞者と対話したい。人の記憶を呼び起こせないだろうか。
意味ではなく、説明ではなく、風が吹いた時にふと思い出すような感覚を共有したい。
「ああ、こんな空気があったな」
そんな記憶に直接触れるような絵は描けないだろうか。その問いを追い続けた先に、「水晶を使う」というアイデアがありました。
「空気」をブーストしてくれる
水晶の作品を見ると「キラキラして綺麗だから貼っているのですか?」
と言われることがあります。
確かに綺麗です。光の反射は美しいです。でも、本質はそこではありません。
水晶が加わることで、形は曖昧になり、輪郭は失われ、画面の中に空気が入り込んできます。
物ではなく、その場の曖昧だけれど確かな身体感覚が蘇ってくるのです。
実際に僕の作品と向き合った方なら、何となく分かっていただけるかもしれません。
もちろん、水晶を貼る前の段階で、絵そのものが成立しています。
漫然と描いた絵にただ水晶を貼れば良いわけでもありません。
水晶がなくても成立する絵であり、それ自体が「空気をまとって」いなくてはなりません。その上でなおかつ水晶が加わることで完成する絵でなければならない。
その状態は計画しながら描いています。
だから僕にとって水晶は単なる装飾や輝きを作るためのものではありません。
まず初めに、感覚を伝えるための一つの絵画材料なのです。
感性の原点に戻る
こうした身体感覚的な作品を描き続けるためには、自分の感覚を常に点検する必要があります。
アートを続けていると、どうしても知識や技術が増えていきます。単純な美しさでは満足できなくなり、絵がどんどん複雑化、概念化していきます。
例えば音楽で、コード進行をたくさん知るほど、さまざまな表現が可能になります。でもそのうちシンプルなコード、メロディとのアンサンブルが物足りなくなっていきます。
トリッキーで、誰も思いつかなかったコード展開やメロディの着地点、変拍子……。
そしていつの間にか、知的なゲームの世界に入り込んでしまうのです。
テクニカルでおしゃれで、カッコいい。でも素朴で力強い感覚は失われていきます。
僕の絵にとって、それは少し困ることです。複雑な絵はいくらでも描ける。描いた時の満足感も高い。でもそれはどうも私的で閉じた世界になりがちです。
水晶の絵が成立するためには、どうしても削ぎ落とす作業が必要なのです。
削ぎ落とすためには、原初の純化された、極めてシンプルなコードでアンサンブルを作り出す必要があります。
だから、自分が理屈に寄りすぎていると感じた時は、必ず幼い頃の記憶に戻ります。
風の冷たさ、陽だまりの暖かさ、空気の味、夕方の空の色。知識も言葉もまだ少なかった頃に、身体そのもので受け取っていた世界です。
僕が描きたいのは、そうした一人ひとりの中に眠っている記憶なのです。
今でも描こうとしている風
僕の中には、何度も立ち返る風景があります。
鬱蒼とした竹と椿の間の細い道を抜けると、赤土の崖が現れます。
崖の脇には丸石を積んだだけの粗末な石段があり、それを登り切ると突然、視界いっぱいの青空と草原が広がります。
遠くには赤と白に塗り分けられたラジオ放送局の中継アンテナが立ち、その先には港町が見えました。
丘に立つ一本の黒松。丘から見渡せる赤い畑、白い家々、遠くの青い山並み。
北側の斜面には草原が広がり、子どもたちはそこで走り回っていました。
そして風が北の谷底の田んぼの方から吹き上がってくる時だけ、草原が下からざあっと鳴り始めます。
その瞬間、秋の虫たちの声はすべて消えてしまいます。
僕は今でも、あの風を描こうとしているのだと思います。
水晶は、その風を絵の中に呼び込みたいと思っていた頃に出会った素材の一つでもあります。
次回は、僕が実際に何を考えて水晶の絵シリーズを始めたのか、その経緯を書きたいと思います。(続く)
